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悠学舎・児童館スクールの塾生への応援メッセージです

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「映画監督。新藤兼人」
 昨日映画監督新藤兼人さんが亡くなられました。
ついこの間100歳の誕生日を迎えられ、確か次回作のお話をされておられ、すごい生命力だなと驚いた記憶があります。
数々の挫折を乗り越えてこられた監督の、生き方そのものが我々に強烈なメッセージを与えてくれますが、
折に触れ語られる言葉にも胸をうつ物がありました。

 「僕の強みは挫折を繰り返してきたこと。絶望から這い上がると、必ず何かを獲得しているのだ。」
その結果生まれてきた言葉だと思うのですが、「僕が若い人に言いたいのは、駄目だと言われたときに、自分で自分を負けに追い込むようなことを言わないで欲しい。」

私も監督の不屈のファイトをお手本に、この言葉を胸に100歳まで頑張っていきたいものです。
 心よりご冥福をお祈りいたします。
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「ならぬことはならぬものです」
 『人の感性というのはね、子供の頃からの「周りの雰囲気」で出来上がっていくものです。
それが、今は大人からしてだめだからね。若い人に教えられない。
土台っていうか、「根本の精神」が育つときにできてないのよ。
どこの世界でも「教わり方が良くない」と、ブン殴られたものですよ
今はね、先輩が厳しく仕込むと、「いじめてる」っていわれちゃう。』
 オン年90才、芸暦70年超の現役最古参の漫才師・内海桂子さんの言葉です。

 最今では「教え方のよしあし」は盛んに言われますが、「教わり方」などあまり聞いたことがありません。
内海師匠のお話を聞いていますと、今の子供たちに申し訳ない気持ちになってきます。
我々大人が「価値観の多様化」などというわけの分からない言葉に翻弄されて、ホントに大切なものを見失っているのではないでしょうか。
 
 「会津魂」で有名な会津藩の日新館「什(じゅう)の掟」が有ります。
    一つ、 年長者の言うことに背いてはなりませぬ。
    二つ、 年長者にはお辞儀をしなくてはなりませぬ。
    三つ、 虚言を言うことはなりませぬ。
    四つ、 卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
    五つ、 弱いものをいじめてはなりませぬ。
    六つ、 戸外でものを食べてはなりませぬ。
    七つ、 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。
 今の時代に合わないものもありますが、誠に基本的な教えだと思います。
そして圧巻は最後の締めくくり

 
 「ならぬことはならぬものです」 
これです。

 理屈を考えるあまり、この気迫が今大人の間で失われているのではないでしょうか。
「問答無用」
「いけないことはいけない」とはっきりいえる大人になりたいものです。

                                     文責   行本 憲輔

「ひまわり号」で旅をして
 昨日「ひまわり号」で姫路に行ってきました。
雲ひとつない快晴でまさに旅行日和、多くのボランティアの方に囲まれ、障がい者の顔も晴れ晴れとしていて、誠に楽しい旅となりました。
 しかし、明るい顔の下の気持ちを考えると、こちらの未熟なせいの思い過ごしかも知れませんが、
なんともやるせない気持ちでいっぱいで、明るくは振舞っていますが、
何か心に重たいものを抱えてる感じで、心から笑える心境にはなることはできませんでした。

 「公平」ということが盛んに言われますが、現実はこんなもので、いかに「不公平」に耐えて生きていくか、その方法を日ごろから考えておく必要があるのではないかと感じさせられます。
それにしても、ごく当たり前のこと、自由に歩ける、食べれる、話せるということすらできない人がたくさんいるということを目の当たりにして、今の自分の幸せを再認識させられた一日でした。
 これからも、「五体満足な自分の幸せ」に感謝しつつ、周りの人のお役に立っていける人間になりたいものです。

 子供たちにも、単に「公平さ」を教えるのではなく、何等かな形でこういった体験をさせてあげることによって、それぞれの今の自分の幸せを認識してもらえるのではないかと考えます。       文責   行本 憲輔
 

「ひ弱な人間になっていないか?」
 「日本資本主義の父」ともいわれる渋沢栄一の言葉にこんなのがあります。
「かくお膳立てをして待っているのだが、これを食べるか否かは
箸を取る人のいかんにあるので、ご馳走の献立をした上に、
それを養ってやるほど、先輩や世の中というものは暇ではない。」

 

 最近は豊かになり、便利になり、時間をもてあそぶ人も増えてきました。
一見至れり尽くせりで、幸せそうですが、本当にそうでしょうか。
周りを見回しても、自分自身を含めて、「ひ弱な人間」が増えている感じがしてなりません。
先日私が「24時間100km歩行」に挑戦したのも、そんな自分に気合を入れ直すという面もありました。
自分で限界を作らず、誰かを頼るばかりでなく、自分の足で前向きに挑戦していく気構えを持ちたいものです。

「大切なことは何か」

  昨日中学2年生の保護者の方からお叱りの電話をいただきました。
中間試験の日程に合わせて時間割をいつも変更していますが、
子供さんがその変更を忘れていて授業に参加できなかったそうです。
電話で連絡をするくらいの「サービス」はあってもいいのではないかというお叱りでした。
もっともなお話だとは思いますが、私はそういったことは「サービス」とは考えていませんので、
そのての電話はこれからもいたしませんとお答えしました。
そういうケアーをすることがホントに子供にとっていいこととは思っていないからです。
1回、2回忘れてもどうという事はありません。
それよりも、少しは痛い経験をして、自分に必要だと思うことはきちんと覚えておくという習慣を
つけることのほうが大切だと思っています。それぞれが工夫をすれば十分できます。
そういう良い習慣の積み重ねが結果的には学力のアップにつながってくることは間違いありません。
長い眼で見て本当に何が子供にとって良いのか、よくよく考えていく必要があろう思います。

(「学級崩壊」
 今日の山陽新聞に「学級崩壊」の記事が載っていました。
学校の先生は、大変なことです。塾では指示に従わない子供には即やめてもらいます。
学校ではそうはいきませんが、ボツボツ義務教育の制度も考え直して、
子供にも学校に行かない自由を与えてやってもよいのではないでしょうか。
「親と子供の自己責任」に任せて、学校に来たくない子には、来なくてよいようにしてやってもよいのではないかと思います。
その代わり勉強したくなったら、受け入れてやる体制を作ってやれば、ずいぶん変わってくると思います。
今あまりにも過保護で、まるでお殿様に「勉強してもらってる」というような状態です。
開発途上国の子供たちが、粗末な設備の中で、楽しそうに生き生きと学んでいるのを見ると、
小学生で、「授業エスケープ」など贅沢の極み、全く言語道断です。
何もかも周りのせいにするのではなく、親も子供もしっかり考える必要があります。



「尖閣諸島購入計画」

 石原慎太郎東京都知事が尖閣諸島購入計画を発表して大きな反響を巻き起こしました。
以前から中国に対しては批判的でしたが、特に最近の中国の傍若無人振りに我慢がならなかったのでしょう。
当然反対意見も多数ありましたが、都の尖閣購入計画に賛同する寄付が、わずか20日間で総額約6億5000万も集まったということは、
多くの日本人が都知事の思い切った行動に,身銭を切って賛意を表明したものであり、日本人もまだまだ捨てたものではないなと感じさせられました。
私もわずかながら、寄付をさせていただきました。

「24時間100km歩行」  
 
 5月3日行われた「24時間100km歩行」に参加してきました。
岡山の後楽園から閑谷学校までの往復です。
無謀な挑戦と周りからは言われましたが、自分ではそれなりに準備して、 臨んだつもりでした。
ところが無常にも70kmあたりから足が動かなくなり、 結果は残念ながら、今一歩及ばず、
24時間95kmでタイムアップ、「限界への挑戦」は終わりました。  
しかし誠にいい経験をさせてもらいました。
次回は10月九州で100kmに挑戦、今回のリベンジを達成したいと思います
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